「民法」入門ガイダンス

行政書士試験のための「民法」入門ガイダンス

 行政書士試験において、民法は、行政法と並んでキーとなる科目です。行政書士試験択一式での民法の出題数は行政法に次ぐものですし、記述式では例年2問出題されています。ですから、民法の出来不出来が行政書士試験の合否を大きく左右します。また、民法は商法の基礎ともなりますから、民法を十分マスターしていないと商法の行政書士試験対策にも影響します。
 このように、民法は、行政書士試験対策上極めて重要な科目なのですが、基礎理論をおろそかにしたまま、表面的な知識の暗記に走る人が少なくありません。しかし、これでは合格レベルに到達するのは難しいです。基礎から応用まで、しっかりした理解を身につけることが行政書士試験における民法の最も効果的な対策となります。ここではその一助として、民法のごく基本を説明していきます。

一、民法とは

 民法は私人対私人の関係(特に取引関係)について定めた法律です。なかでも中心になるのは売買や賃貸借などの契約です。また、結婚や離婚、相続について定めた親族相続という部分もあります。

二、民法でよくある話

 民法は、契約など一定の関係に立った者同士の利益を調整する法律です。そこでは、「善意の第三者保護」(取引の安全)という考え方がよくでてきます。 

事例 : AさんのテレビをBさんが盗み出し、Cさんに売り払った場合、Cさんは所有権を取得できるでしょうか?

 テレビのもともとの所有者はAさんですから、Bさんはテレビについては無権利者です。だとすれば、無権利者からテレビを買ったCさんも所有権を取得できないのが原則です。よって、原則として、CさんはAさんにテレビを返さなければなりません。
 しかし、常にこの結論を貫くことはCさんに酷です。特に、Cさんが、そのテレビが盗まれたものだと知らなかった場合に、常にAさんに返さなければならないとすると、Cさんがかわいそうです。
 そこで、Cさんが善意・無過失(Bが無権利者であるという事情を知らず、また、知らないことにつき落ち度がないこと~普通の意味の「善意」とは異なることに注意しましょう)であればCさんにテレビの所有権の取得を認めることにしました(192条・即時取得)。このように善意の第三者を保護する考え方を取引安全を図るといいます。
 つまり、①Cが善意・無過失であれば、Cが所有権取得します。この場合は、CさんはテレビをAさんに返さなくてもよいことになります。
 これに対して、②Cが悪意または有過失(事情を知っているかまたは知らないことに落ち度がある場合)であればCは所有権を取得できず、テレビはAさんの所有のままです。よって、AさんはCさんからテレビを取り戻すことができます。
 このようにして、民法は、AさんとCさんの利益を調整しているのです。
 なお、この即時取得は動産(不動産[土地や建物]以外のもの)についてしか認められていません。不動産については、虚偽表示の場合の94条2項や、詐欺の場合の96条3項など、特別の事情のある場合のみ、第三者が保護されることになります。

三、民法の全体構造

 民法は、①総則(1条~)、②物権(175条~)、③債権(399条~)、④親族相続(725条~1050条)、に分けられます。行政書士試験においても、これら各分野からバランス良く出題されます。
 ①の総則は、取引行為全般に共通する規則をまとめた部分、②の物権は、所有権などの物に対する権利に関する部分、③の債権は、「物をこちらへよこせ」とか「代金を払え」などの人に対する権利に関する部分、④の親族相続は結婚や離婚、相続などに関する部分です。
 ただ、①~③は、バラバラのことを定めているのではなく、契約などについてそれぞれの観点から分析して別々に規定しているだけなのです。このことを事例を交えて説明します。

事例 : AさんがBさんに土地を売ったという売買契約について、民法のどの部分で何が規定されているのかを考えてみましょう。

 まず、契約が成立するためには、Aさんの「土地を売ります」という意思表示と、Bさんの「土地を買います」という意思表示の合致が必要です。意思表示とはその名の通り、(「売ろう」とか「買おう」という)意思を表示することです。そしてこの意思表示については、総則で規定されています。
 契約が成立すると、土地の所有権がBさんに移転します。また、代金が支払われると代金の所有権も移転します。このような所有権の移転(これを物権変動と呼びます)については、物権編で規定されています。
 また、契約が成立すると、BさんからAさんに対して「土地をこちらへよこせ」とか、Aさんから「代金払え」といった請求が可能となります。このような人に対する権利を債権と呼び、債権編で規定されています。
 このようにひとつの契約を細かく分析してそれぞれの観点から規定したのが民法なのです。
 では次に、総則、物権、債権に分けて、それぞれの概略を説明します。

1.総則について

 総則は、取引関係に共通する規則をまとめた部分なので、様々な話が「ゴッタ煮」的にでてくるところです。
 行政書士試験の対策として重要なのは、能力、意思表示、代理、時効あたりでしょう。今回は「入門ガイダンス」ですので、意思表示のみ説明します。ここは行政書士試験における頻出ポイントです。
 意思表示は、前述したように「売ろう」とか「買おう」という意思の表示です。通常は「その土地を売ろう」という意思で、「その土地を売ります」という表示をするので問題はありません。問題は、意思表示に不備がある場合です。民法は、心裡留保(しんりりゅうほ)、通謀虚偽表示、錯誤、詐欺、強迫――に分けて、詳しい規定をおいています。

①心裡留保・通謀虚偽表示について
 心裡留保というのは、例えば、その土地を売る意思がないのに「売ります」と表示している場合、つまりウソをついている場合です(93条)。通謀虚偽表示というのは、例えば、AさんとBさんとの間で示し合わせて仮装売買を行った場合です(94条)。
 これらの場合、意思表示のうちの意思が欠けているわけですから(「意思の不存在」)、意思表示は無効となり、契約も無効になるのが原則です。
 ただ、前述した取引安全の観点から、いずれの場合も善意の第三者は、所有権を取得できるとされています(93条2項、94条2項)。

②錯誤・詐欺・強迫について
 錯誤というのは、例えば、乙土地を売るつもりで勘違いをして「甲土地を売る」と言ってしまった場合のように、勘違いをして意思表示をしてしまった場合です(95条)。詐欺・強迫というのは、騙されたり、脅されたりして「甲土地を売る」と言ってしまった場合です(96条)。
 これらは「瑕疵ある意思表示」と呼ばれます。「瑕疵」とは、少しおかしい、一部問題があるというぐらいの意味です。ですから、瑕疵ある意思表示は、少しおかしい意思表示のことを指します。例えば、詐欺や強迫の場合、騙されたり、脅されたりしたにせよ、この土地を売るという意思も表示もあるのです。その点で、前述の意思の不存在と異なります。つまり、意思も表示もあるのだけれど、その原因が詐欺・強迫によるので、「少しおかしい意思表示」とされるわけです。
 そして、瑕疵ある意思表示は、意思の不存在と異なり、少しおかしいだけなので、無効ではなく、取り消しうる行為とされます。つまり、一応有効なのですが、詐欺・強迫された人から取消がなされると、最初から無効とされます。取り消されるまでは一応有効とされる点が、無効の場合との違いです。
 なお、錯誤については、その土地を売る意思がないのに勘違いをして表示をしてしまった場合ですから、本来は「意思の不存在」です。しかし、錯誤の場合は、勘違いをした人だけを保護すればよいということで、いきなり無効にはせず、原則としてその人だけが取り消せるように、瑕疵ある意思表示に位置づけられています。  そして、錯誤と詐欺の場合は、取引安全の観点から善意の第三者を保護する規定がおかれています(95条4項、96条3項)。これに対して、強迫の場合は、第三者保護規定が置かれていません。強迫の場合、詐欺などと比べて脅された人を保護する要請が強いからです。

 以上みてきたように、意思の不存在や意思表示の瑕疵があれば、契約は無効や取り消しうる行為になるのですが、こうした事情がなければ、意思表示が合致した時点で契約成立となります。

2.物権について

 このように売買契約が成立した場合、物の所有権が移転します。この所有権の移転などの物権について、みておきます。
 ここで特に大切なのは、登記との関係です。登記とは、不動産の登録制度のことで、不動産に付いている所有権などの権利を公示する(みんなに示す)ものです。
 そして、登記には対抗要件という重要な働きがあります。「対抗」とは、主張というぐらいの意味です。つまり、自分の所有権を主張するためには登記が必要な場合があるということです。
 では、所有権を対抗するために登記が必要なのは、どのような場合でしょうか。
 この点、一般的には、二重譲渡のような関係に立つ場合に登記が必要と解されています(177条・判例)。二重譲渡とは、例えばAさんが、同じ土地をBさんとCさんに二重に売ってしまうような場合のことです。このような場合に、BさんがCさんに所有権を主張するには登記が必要だ、というのです。ということは、結局BとCのどちらが所有権を取得できるかは、登記を先に備えるかどうかにかかっているというわけです。
 これに対してA→B→Cと土地が売られたような場合、Cは登記がなくてもAに所有権が主張できると解されています。
 このように、登記は、二重譲渡の場合の譲受人(BさんとCさん)の優劣を決するという大切な役割を演じています。
 さらに判例は、正確には二重譲渡ではない場合でも、二重譲渡と似ている場合には登記で決するとします(「取消と登記」・「解除と登記」・「遺産分割と登記」などの問題点)。これらは行政書士試験対策としても非常に重要なところですが、今回は入門ガイダンスですので割愛いたします。

3.担保物権について

 次に、物権のなかでも特に担保物権について説明します。担保物権とは、その名の通り債権(ex借金)の担保として物につけられる権利です。例えば、BさんがAさんから100万円の借金をし、Bさんの持っている土地に抵当権(担保物権の代表的なもの)を設定した場合、Bがもし借金を払えなかったときには、その土地を競売(裁判所が行うセリ)にかけ、落札した人が支払った代金からAさんが100万円の満足を得ることになります。
 つまり簡単にいうと、物を借金のカタに入れるということです。
 先ほどの例では、Bさんが借金を払えなかった場合の話をしましたが、もし、Bさんが借金を払った場合には抵当権も消滅します。これを抵当権の附従性といいます。つまり、もともと抵当権は借金の担保のために付けられたものなので、借金がなくなればそれに付随して抵当権もなくなるわけです。
 民法が定める担保物権は4種類あるのですが、抵当権と並んで重要なのが質権です。これは、例えば借金の担保のために債務者(お金を借りた人)が持っている宝石を質入れするというものです。
 抵当権との違いとしては、まず設定できる物の違いがあげられます。抵当権は不動産にしか付けられないのに対し、質権は動産・不動産どちらにも付けられます。
 次に、担保物権を設定する際に物を債権者に引き渡すかどうかに違いがあります。質権は「質入れ」というくらいですから、債権者(お金を貸した人)への引渡が必要です。それに対して、抵当権の場合は債権者への引渡は不要です。借金した人は抵当権の付いた土地にそのまま住んだり、農地として耕すことができます。このように、抵当権は借金する側にとっても設定しやすいものですので、不動産を担保に入れる場合、もっともよく使われます。
 行政書士試験対策としては、やはり抵当権が最重要で、これについては基礎から応用までしっかり押さえる必要があります。ただ、その他の質権や留置権・先取特権(さきどりとっけん)もそれなりに問われますので、試験で出題されるレベルまでは押さえる必要があります。

4.債権について

 次に債権についてお話ししましょう。債権とは、前述のように「物をよこせ」とか「代金を払え」などの人に対する権利です。
 売買契約のような契約によって生じる場合もあれば、不法行為(例えば交通事故)に基づく損害賠償として生じる場合もあります。
 ここでは、まず売買契約に基づいて債権が生じた場合について考えてみましょう。

事例 : AさんがBさんに家屋を売却したが、その引渡前に家屋が壊れてしまっていた場合について考えてみましょう。

 AB間では、売買契約が結ばれているので、BはAに対して「家屋を引き渡せ」という債権を持っていることになります。AがBに家屋を無事に引き渡せば問題ないのですが、問題はこの事例のようにきちんとした物を引き渡せなかった場合の処理です。
 この場合、家屋は壊れてしまっていますので、きちんとした家屋の引渡は実現できなくなっています。このような状態のことを履行不能といいます。債務の履行ができないという意味です。そしてこのような場合、民法は、①Aのせいで壊れたのか、②落雷などの不可抗力で壊れたのかで場合を分けます。

①Aのせいで壊れた場合
 この場合のことを難しい言葉で言うと、Aの帰責性(落ち度)によって履行不能になった、といいます。このような、帰責性に基づく履行不能の場合を債務不履行といいます。
 このようにAの債務不履行の場合、Bは損害賠償請求ができます(415条)。Bは家屋の引渡を受けられなかったことで生じた損害の金銭での賠償を請求できるわけです。
 また、売買契約などにおいては、債務不履行責任の特則(特別の規定)として、売主の契約不適合責任という特別の責任も生じます。この責任は、引き渡された物が壊れていたなど、契約内容に適合しない場合の売主の責任です。これにより、Bは、修理を求めるなどの追完請求や、代金の減額請求も可能となります。
 さらに、Bは契約の解除(542条)もできます。解除をすることで、契約を最初からなかったことにでき、契約により渡したものなどの取り戻しができます。
 なお、追完請求や代金減額請求、解除については、売主Aに帰責性がなくても、要件を満たせば可能とされます。

②落雷など不可抗力で壊れた場合
 この場合、AとBはどちらも悪くないので、結局物が壊れたことによるリスクをAとBのどちらが負担するのかという危険負担の問題となります。具体的には、物が壊れたにもかかわらず、Bは代金を支払わなくてはいけないのかという問題です。
 そして、Bが代金を払わなくてはいけないという考え方を債権者主義、Bは代金を払わなくて良いという考え方を債務者主義と呼びます。なぜこうしたネーミングなのかというと、壊れた物の引渡債権を基準に、その債権についての債権者(B)がリスクを負う考え方を債権者主義、債務者(A)がリスクを負う考え方を債務者主義と呼ぶわけです。
 民法は、危険負担の原則としては債務者主義(536条)を採用しています。常識的に考えても、物がなくなってしまったのに、代金を払わなくてはいけないというのはおかしいですから、債務者主義が原則です。
 この場合も、Bは代金の支払いを拒むことができます。

5.不法行為について

 以上みてきたように債権は主に契約に伴って生じるものですが、契約によらずに債権が生じる場合もあります。その代表格が不法行為に基づく損害賠償請求権です。
 たとえば、AがBを自動車ではねて怪我をさせてしまった場合、Aに故意・過失(わざと、あるいは不注意でという意味)があれば、AさんはBさんに生じた損害(治療費、精神的損害など)を賠償しなければなりません。
 なお、この場合に被害者Bの方にも落ち度があった場合(例えばBがよそ見をしていたとか車道を歩いていたなど)には、損害賠償の額が減額されます。これを過失相殺といいます。

 債権は複雑な話も多く、苦しむ受験生も多いです。こうした部分はやはり基礎理論からしっかり学んで、その上で難化傾向に対応できる理解・知識を身につけることが重要になります。ここでお話ししたことは行政書士試験対策のごく基本となりますが、こうしたことがわかっていないまま、表面的な結論を暗記するだけになってしまっている人も多いです。基礎理論からしっかり理解することを心がけましょう。


 以上民法のおおよそのフレームをみてきました。行政書士試験対策としては、さらに細かい点をたくさん勉強しなくてはなりませんが、まずは民法のだいたいのイメージをもってください。行政書士試験科目のなかでも特に地道な学習が実を結ぶ科目ですので、ぜひがんばってください。